Dr.Mikamoブログ

2015-10-26

Posted by wpmaster on 11月 12, 2015
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ニューヨーク国連本部内にある特派員協会で記者会見をしました。

”Rising from the Ashes ; A True Story of Survival and Forgiveness from Hiroshima” で語った広島の被爆の様子、両親の物語、国連に永久貸与した祖父の形見の懐中時計が盗難にあったことなどを説明しました。ケニア、イタリア、フランス、ベトナム、インド、ブラジル他の国々、日本のテレビ局および新聞社、共同通信など多くの記者が参加してくれました。会見だけでなく、被爆展示場でのインタビューや撮影もしました。26年半ぶりに行った国連で格別な感慨にひたりました。

会見の様子は下記で公開されています。

http://unca.com/unca-book-presentation-discussion-with-dr-akiko-mikamo-author-of-rising-from-the-ashes-a-true-story-of-survival-and-forgiveness-from-hiroshima/

記者会見01

記者会見02

記者会見04    記者会見03 

 

2015-10-23

Posted by wpmaster on 11月 11, 2015
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ウェストミンスター宮殿内のHouse of Load で行われた平和賞受賞者を祝う晩餐会に昨年の受章者としてご招待いただきました。

とても光栄なことです。

ロンドン晩餐会

ロンドン晩餐会招待状   章子ロンドン晩餐会ドレス

2015-8-15

Posted by wpmaster on 9月 07, 2015
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「ゴールデン・ルール」平和クルーズ

1958年に真最中だった空中核実験を阻止する人間の壁となるために、4人のアメリカ人平和主義者の乗組員を乗せてビキニ諸島周辺を目指してカリフォルニアを出航した9メートルの小さな帆船「ゴールデン・ルール」(「自分がされたくないことは他人にしないようにしようという普遍の黄金律」)はハワイ沖で海上保安隊に逮捕され乗組員は投獄されてしまいました。この事件が世界で核実験反対運動に火をつけ、1963年にモスクワで調印された「大気圏内、宇宙空間および水中における核兵器実験を禁止する条約」につながりました。

その後、行方不明になっていた「ゴールデン・ルール」は嵐で沈没し大破したまま野ざらしになっているのが北カリフォルニアのスクラップ・ヤードで発見されました。2010年から5年間をかけて「平和を願う退役軍人の会」(VFP)のボランティア達が手作りで復活させたのです。

蘇った「ゴールデン・ルール」今年7月後半に北カリフォルニアを出航し、VFPの総集会が行われるサンディエゴに広島原爆70周年記念日の前に入港しました。

1958年当時28歳で、オリジナルの乗組員最後の生存者オリオン・シャーウッド氏(現在85歳)と「8時15分」の著者美甘章子はVFP総集会開催中毎日対談し、8月15日の終戦記念日に現在の乗組員4名と被爆者河村幾之助氏とVFP会長のバリー・レイドンドーフ氏、そしてアフガン戦争で両足を膝上から失うも18ヵ月後に義足で世界7最高峰の一つキリマンジャロ登頂に成功した平和唱道家のマーク・ザンボン氏を伴って平和クルーズを行うことになりました。

アメリカでは終戦調印式が行われた9月2日が終戦記念日とされており、イギリスと同様に8月15日はVJ Day (Victory over Japan Day, 対日勝利の日)とされ祝い事も行われます。実際に、平和クルーズが行われたサンディエゴ湾内に常設された戦艦USSミッドウェー博物館ではVJ Dayを祝う大掛かりなパーティと花火の打ち上げが同時に行われていました。

年代や体験は違っても平和を願う思いは一つの私達は、ゴールデン・ルール船長の指導でそれぞれ舵をとらせていただき、美しいサンディエゴ湾上をゆっくりと二時間ほどクルーズしました。

今後10年間、「ゴールデン・ルール」は大量殺戮兵器(Weapon of Mass Destruction)ではなく大量教育ツール(Weapon of Mass Education)として各地を回って平和教育や西海岸沖の放射能値計測リサーチなどの活動を続けていくそうです。1958年に果たせなかったマーシャル諸島到達も、今度は核実験阻止目的ではなく平和唱道目的で目指しているとのことで、是非日本にも寄りたいのだそうです。

ゴールデン・ルールの活動に賛同される方は是非応援してください。

http://www.vfpgoldenruleproject.org(ゴールデン・ルール・プロジェクトHP, 英語)

With Orion Sherwood 8-6-15

【オリオン・シャーウッド氏と】

船外観

【ゴールデン・ルール外観】

章子とみなさん船上

【河村氏とVFP会長のレイドンドーフ氏(後列右)、平和唱道家のザンボン氏(後列左)】

2015-8-8

Posted by wpmaster on 9月 05, 2015
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「平和を願う退役軍人の会」総集会 晩餐会

「平和を願う退役軍人の会」総集会の晩餐会に来賓として「8時15分」の著者美甘章子が招待されました。

美甘章子が代表をつとめるNPOサンディエゴ・ウィッシュ~世界平和を願う会特別顧問で広島被爆者の河村幾之助氏がゲストとして紹介されました。「ここに、我々が知る限りではサンディエゴ在住唯一の広島被爆者が来てくださっており、我々全員の最高の敬意を表したいと思います。」とエグゼクティブ・ディレクターが会場に声をかけると全員総立ちで「よく生存してくださった。世界平和への貢献をありがとう。」と敬意と感謝の念がこもった拍手が河村氏に送られました。

晩餐会の基調講演は、ベトナム戦争のソンミ村虐殺事件を暴露して、ジャーナリズムの最高栄誉であるピュリッツァー賞を受賞したアメリカの調査報道記者シーモア・ハーシュ氏でした。CIAの国内スパイ事件、ロッキード事件の始まり、ソ連原潜回収作戦、大韓航空機事件の内幕、ウォーターゲート事件などアメリカ近代史上の大きな事件の数々をスクープしてきたシーモア氏は美甘章子と同席し、「8時15分」の英語原著Rising from the Ashes: A True Story of Survival and Forgiveness from Hiroshimaをコースの合間にすぐに読み始めるほど感心し、深い関心を示されました。

Seymour Hersh

【ハーシュ氏】

2015-8-8

Posted by wpmaster on 9月 04, 2015
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「平和を願う退役軍人の会」総集会 最終日 「和解」フォーラム

サンディエゴ大学平和研究所講堂で行われた「和解」フォーラムは、被爆者の河村幾之助氏の挨拶で始まりました。被爆二世で「8時15分」の著者美甘章子、オリバー・ストーン監督脚本で、「プラトーン」「7月4日に生まれて」と並んでベトナム戦争3部作の最後の作品「天と地」(主演トミー・リー・ジョーンズ)の原作で自身の体験を綴った”When Heaven and Earth Changes Place”の著者レ・リー・ヘイスリップ、ベトナム系アメリカ人二世の社会学者タオ・ハー博士、ベトナム戦争帰還後多くの苦難を乗り越えて仏門に入ったクロード・アンシン僧、アメリカ先住民の伝統と日本の「気」を取り入れた治癒法と瞑想を教えるシルビア・オーロラがパネル講演者で、アメリカが史上行ってきた戦争の犠牲者などを代表して、退役軍人と「和解」すべく、自分や家族の苦悩やそれを乗り越えてきた道について洞察しました。

章子檀上

 

講演者それぞれのプライベートな内面での和解の道のりについてシェアーして欲しいというリクエストだったため、「8時15分」のなかで一部触れている、爆心800メートルで被爆して泣き言や不平は口にしなかった著者の亡き母、13歳の若さで被爆死した同叔母、二人の子供の被爆死についての罪悪感で死ぬまで自分を許せなかった同祖母、戦後障害を負う事になった同姉など、家族の中の女性の多くが背負ってきた苦悩や犠牲について静かに語り、参加者は大変深く心をうたれたと感想を述べていました。美甘章子は17歳の時に、母が縫ってくれた浴衣を着ました。他の女性達が果たせなかった夢や希望を一針一針に込められています。「今日は、自分のファミリーの女性全ての思いを身にまとって皆さんに個人的な内面の話をさせていただきます。」と『知』よりも『情』に焦点を置いた講演でした。

当日は長崎原爆70周年の記念日でした。講演会の後は、見晴らしの良い丘にある平和研究所の庭で、「恨みや苦しみを手放す儀式」として、自分が乗り越えたい事柄を参加者1人ずつが紙に書いて燃やし、ベトナム人たちが折った折鶴が風にゆれ、お経が唱えられる中、厳かな儀式となりました。

庭での読経

【平和研究所の庭での儀式】

章子と折り鶴

【母の縫った浴衣をまとった章子と折鶴の写真】

Vietnamese Paper Cranes

【ベトナム系アメリカ人の参加者と折鶴】

2015-8-7

Posted by wpmaster on 9月 03, 2015
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「平和とヒューマニティーの日」灯籠流しと文化交流の夕べ

毎年長崎の原爆記念日に近い金曜の夜におこなっている、「8時15分」の著者美甘章子代表のNPOサンディエゴ・ウィッシュが行う「平和とヒューマニティーの日」灯籠流しと文化交流の夕べが8月7日サンディエゴ隣接のコロナド市で開かれ180名が参加しました。
軽食や音楽を楽しみながら、参加者はそれぞれの平和への願いを書いた灯籠を作り、各国の子供達は折鶴の折り方を習い、原爆ポスターや本などの展示により歴史を学びました。メキシコティフアナ市のオペラの13歳のメゾソプラノ、アイメー・アラカラズさんと15歳のソプラノ、ソフィア・サンチェスが美しい歌曲のデュエットを披露し、剣玉チームによる剣玉のパフォーマンスも見られました。
コロナド市議会場内で行われた平和ミニフォーラムでは、ロンドンのパブリックスクールに通う9歳の子供平和大使アダム・カーン君が、今年歴史の授業で最高の栄誉賞を受賞した「第二次世界大戦プロジェクト」で「8時15分」の主人公美甘進示の体験談について著者の美甘章子に電話インタビューした話をまとめたり、ヨーロッパの第二次世界大戦退役軍人や生存者をインタビューした話をまとめて自作の本を出版し、その内容について発表しました。また、NPO代表の美甘章子が「8時15分」の中で綴られた許しのこころと共感について日常の例もあげて講演しました。
日没後、コロナド市長やサンディエゴ港湾局副理事長、メキシコ・ティフアナ市会議員のスピーチがあり、コロナド湾を背景とした市営プールで灯した灯籠を流し、参加者全員が平和への願いを送り出しました。

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【カーン君らと】

2015-8-7

Posted by wpmaster on 9月 03, 2015
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「平和を願う退役軍人の会」総集会 基調講演会

8月7日午後には、「ヒロシマ、マーシャル諸島(ビキニ諸島など)、アメリカの伝説」と題する講演会が行われ、「8時15分」の著者美甘章子が、「あのきのこ雲の下で」という題目で、原爆投下直前と直後の広島の様子や、多くのアメリカ人が知らない事実(広島と長崎の原子爆弾はピストン型のウラニアム爆弾とフュージョン型のプルトニアム爆弾で全く別の爆弾であったことや、広島市にほとんどが民間人の35万人が住んでいたこと、広島や長崎は原爆の実際効果を見るために焼夷弾による空襲は行われずにいたことなど)について述べ、「8時15分」の主人公で父の美甘進示の被爆体験、その後の苦労と感謝と許しの心を持った生き方、それを受け継いで国際的に行っている平和活動、ニューヨークの国連本部で盗難にあった祖父の形見の被爆懐中時計のことなどについて話し、聴衆の多くが涙を浮かべて聴き入っていました。講演後はVFPエグゼクティブ・ディレクターをはじめ、数々の人たちが著者に近寄り、「初めてこのような被爆体験談を聴いた。自分達の国がこんな非人道的なことをして、本当に申し訳ない。あなたのご両親やその家族の苦痛や犠牲や他の多くの犠牲者や被爆者のことを思うと、心から謝っても済む問題ではないけれど、ごめんなさいとしか言えない。そして、本当にありがとう。」と涙を流しながら胸を詰まらせて握手を求める人たちもいました。

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【会場の様子】

 

また、米国陸軍を退役後、ブッシュ政権のイラク侵攻やイスラエル・パレスティナ、北朝鮮などへの政策などに抗議してアメリカ国務省の公職を辞職した、アン・ライト前大佐が、マーシャル共和国(ビキニ諸島など)で何百回も行われた空中核実験がいかに非人道的で正気の沙汰とは思えないことだったかについて多くのデータを挙げて講演し、1958年に核実験を阻止する人間の壁となるためにカリフォルニアを出航した長さわずか9メートルの帆船「ゴールデンルール(黄金律)」について述べました。

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【アン・ライト前大佐】

 

元CIAの分析官レイ・マックガバーン氏(白人男性)は、「アメリカ人のほとんどが、原爆は戦争終結に必要であり、連合軍の日本本土上陸を防ぐことによって、何十万人の米兵だけでなく何百万人の日本人民間人の命も救ったと教えられているが、それは伝説に過ぎず、真実はもっと残酷なものだ。そもそも、真珠湾奇襲によって始まった太平洋戦争の終結に原爆投下は日本人の自業自得であるかのように政府はアメリカ国民に信じさせたが、アメリカ政府はとっくに日本軍の暗号などは解読していて、真珠湾攻撃が計画されていることは知っていた。が、国民の非難を浴びないで戦争を始める理由が必要だったので真珠湾攻撃を防止しなかった。ヨーロッパ戦線を取り仕切った、後の大統領アイゼンハワー元帥も、『日本は降伏の準備を進めていた。あんなひどいもの(原爆)で打ちのめす必要などなかった。』と述べているし、マッカーサー元帥も他の3名の米軍トップも原爆は軍事戦略的には必要なかったと公言している。ナチスに遅れをとってはいけないと核兵器の開発についてルーズベルト大統領に提言したアインシュタインもマンハッタン計画の総指揮を取った科学者オッペンハイマー博士も後にとんでもない事をしてしまったと後悔の胸中を述べている。ホロコーストを行ったナチスドイツに対してアメリカ国民は敵意を持っていたが、日本人に対しては人間ではなくゴキブリか溝鼠のように忌み嫌うようなプロパガンダが多く使われていた。それは、トルーマン大統領をはじめとする白人優越主義、つまり人種差別が根底にあったからだ。実際にベトナム戦争でも、当時の国防省のトップ(白人男性)が『東洋人の命の価値は、我々と同じではない。』とTVインタビューで述べている。我々の国の歴史は、アメリカ先住民殺戮から始まり、黒人差別、他の有色人種差別など、人種差別の歴史である。当時の日本人を忌み嫌う深い差別意識がなければ、明らかな戦争犯罪で民族大量殺戮(ジェノサイド)の原爆投下はあのような形で行われ正当化され、国民のほとんどが正当性を信じることになったとは思えない。」と、ドキュメンタリーフィルムの一部や、文献を示しながらきっぱりと述べました。

開会式Ray McGovern

【レイ・マックガバーン氏】

2015-8-6

Posted by wpmaster on 9月 02, 2015
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「平和を願う退役軍人の会」総集会開会式

全米とイギリス・ベトナムなどに支部を持つ「平和を願う退役軍人の会」(Veterans for Peace又はVFP)全国集会の開会式で小さな鐘を鳴らし、出席者約350名が黙祷し、被爆犠牲者の冥福を共に祈ると共に恒久平和を願いました。

開会式では、一万人以上の会員を持つVFP会長のバリー・レイドンドーフ氏が、「今日は8月6日。70年前のこの朝、我々の国が広島に人類初の原子爆弾を落としたのだ。何十万人もの無実な一般市民が犠牲になったのだ。二度と核兵器が使われてはいけない。」と述べ、「8時15分」の英語原版Rising from the Ashes: A True Story of Survival and Forgivenessに綴られた平和への願いと共に著者の美甘章子の活動にも触れられた松井一実広島市長からの公式メッセージを読み上げ、「両親が至近距離で被爆しながらも奇跡的に生存し、その教えを受けて国際的に平和活動を続けるドクター美甘章子の貴重な講演を聴けることは我々全員にとって幸運で光栄なことだ」と挨拶しました。

また、主賓のスーザン・デイビス下院議員も、「ドクター美甘の本は素晴らしいメッセージを世界に伝えている。私も広島を訪れて深い悲しみと共に大きく心を動かされた。皆さんも是非広島を訪問してください。」とスピーチされました。

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2015-8-5

Posted by wpmaster on 8月 31, 2015
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「ヒロシマの校庭から届いた絵」上映会‏

サンディエゴ・ウィッシュ~世界平和を願う会が、「平和を願う退役軍人の会」との共催で同会の全国大会中に広島原爆記念日(日本時間8月6日)に合わせて行ったマナーレ・静美さん制作のドキュメンタリー映画「ヒロシマの校庭から届いた絵」上映会では、「8時15分」の著者美甘章子による映画紹介により、約250名が原爆投下後の広島の子供達とワシントンDCのアメリカ人たちの人間愛と友情を描いたこの素晴らしい映画を鑑賞し、会場全体に感動の渦を引き起こしました。全国から集まった退役軍人たちは、他州の自分達の地域でも是非この映画を皆さんにみてもらいたいと異口同音に述べていました。

 

映画イラスト

「ヒロシマの校庭から届いた絵」については、
http://hiroshimaschoolyard.net/jp.html (日本語HP)

https://www.facebook.com/hiroshimaschoolyard?fref=ts 
(上映実行委員会フェースブックサイト)

2015-8-5

Posted by wpmaster on 8月 31, 2015
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サンディエゴ・ウィッシュ~世界平和を願う会 「平和とヒューマニティーの日2015」 世界平和式典

日本時間の8月6日午前8時から9時まで、サンディエゴ港側の横浜友好の鐘の前で約150名が集まり、平和とヒューマニティーの日2015 世界平和式典が、広島の世界平和式典と同時に開催されました。
地元の郡長、市長、港湾局理事、教育関係者や有力者と、ロサンジェルス日本国総領事代理の首席領事、名誉総領事や、イギリス、メキシコ、ドイツなどの国からの参加者もあり、日本時間8月6日午前8時15分、広島の原爆投下時間に、被爆者の河村幾之助氏と「8時15分」の著者、被爆二世で同会代表の美甘章子が鐘を鳴らし、出席者全員黙祷と共に恒久平和を祈りました。
イギリス人の男の子と、日本人とアメリカ人を両親に持つ女の子の3歳児二人が手をつないでの献花の後、ドイツ、イギリス、メキシコ、アメリカからの子供とティーン6人が世界から広島の原爆の子の像に送られた千羽鶴や、広島の被爆者やサンディエゴの子供達が折った千羽鶴をそれぞれ一束ずつ鐘楼にかざりました。
ロンドンのキングズ・カレッジ・スクール・ウィンブルドンに通う、子供平和大使のアダム・カーン君(9歳)は、「僕が僕のお母さんにとってとても大切であるように、どの子供もその親にとってとても大切です。人間の命の価値に差はありません。どんな理由があれ、政府が僕たちこどもに戦争や政策で、命の価値に差があると教えてはいけない。」と熱弁し、会場総立ちの拍手喝采を浴びました。

また、メキシコから来た青年平和大使のガブリエラ・リンコンさん(20歳、バッハ・カリフォルニア自治大学国際政治科3年生)は、「母国メキシコは、1967年にラテンアメリカおよびカリブ核兵器禁止条約に調印しもうすぐ50年になります。私は核を持たない模範として母国をとても誇りに思っています。世界中の国々が核廃絶を約束して二度と広島や長崎のような悲劇が起こらないようにするために、次世代のリーダーとして努力を続けたい。」と日頃の勉学の目的と熱意を述べました。

式典の様子は、サンディエゴゆうゆう8月16日号のウェブ版で全面フルカラーにて紹介されています。(日本語)

https://www.yumpu.com/en/document/view/52769856/san-diego-yu-yu-august-16th-2015

(75ページ目)

鐘つき